20140101

緑の精霊(Green woman 2012)


2011年暮れから翌年の正月に掛けて、千葉県館山市の植物園にある高さ25mの巨大な温室で展覧会を行った。生い茂る熱帯植物の間に植物達と調和する様に、約40点の絵画作品を展示した前例のないユニークな展覧会で、来場者にも好評を博した。温室内の高温多湿という展示には最悪の条件に対応出来たのは、長年培った野外展示のノウハウがあったからだ。
会場で2日間に渡るライブペインティングを行いその時に生まれたのがこのgreen womanだが、これほど周りの植物達に“描かされた”と感じた作品も他に無い。
自然の木々に囲まれた環境で制作する事は珍しくないが、温室の植物達は一本一本の主張が強く、渾然一体となった気を放つ自然界の草木とは全く違うヴァイブレーションで迫って来て、ひとつひとつのディティールを描かざる得ない状況に陥り、初めに思っていたものとは全く違う仕上がりになってしまった。描き上がった絵を見て、展覧会を企画してくれた植物園スタッフの方が「正にこんな人がこの温室には棲んでいると感じていました....。」と言ってくれた事が印象深い。

20130307

太陽の赤い涙(red tears of the sun 2011)

このwebギャラリーに初めて載せるパフォーマンス型ライブペインティングで描いた絵だ。
3・11の約1ヶ月後、アートガーデン・コヅカで開催されたネオネイティブミーティングというイベントで描いた。元々はラビラビというバンドのレコ発パーティーとして企画されたイベントだったが、3・11が起きた事で内容が大きく変質し、作家の北山耕平さん、映画監督の大重潤一郎さんを中心に全国から呼びかけに応じた80名を越える人々が集い、原発爆発後の今をシェアリングする本当の意味でのミーティングとなった。ネオネイティブとはラビラビの造語で、先住民ではないが、彼らの様な自然と共にある価値観を持った生き方を目指す人々の事を指す。シェアリングは深夜まで及び、ラビラビの演奏と行う予定だったライブペインティングを変更し、僕なりの発言としてペインティングによってシェアリングに参加する、という形で描いた特別な思いのある絵だ。
このミーティングの後、声明文を作る作業が参加者間のメーリングリスト上で行われたが、僕自身はこの日より5年後に1枚の絵を描きそれを自らの声明とする旨を宣言している。3・11で起きた事を理解し、その体験を後世(7世代先)まで伝えるつもりならその位の時間スパンを持って世界を見つめたいし、言葉、文字、数字以外の情報伝達の必要性を感じているからだ。
その5年後まであと3年、ゆるやかに変化し続けている僕の表現は、この絵を描いた日が確かに分岐点になっている。


20120202

敬意(Respect 2010)

作品の制作数は年々増えている。しかし、〆切りのある絵であったり、ライブペインティングで描く絵が多く、時間をかけて描いた絵画らしい絵画作品は思う様に描けていない、と感じる時がある。好きな絵で飯を食えているだけでありがたい話なので、贅沢を言うつもりは毛頭ないが.....。
そんな思いが募り2010年2月に、久々に引き蘢って2週間かけて描いた絵だ。モデリングペーストを使って木の幹のマチエールを作ったり、暗がりに生えているアオキの実や、地面に這う冬苺の実を一個一個丹念に描いた。同じ技法で描いた「大地の唄」「森の子供」に連なる絵だ。
この絵を描くにあたって、インスピレーションの元となった風景が2つある。ひとつは僕が暮らす、アートガーデン・コヅカの活動の場である鴨川の里山。もうひとつは15年以上前に訪れた、カリフォルニアのレッドウッドの森。直径5mを超す巨木が当たり前にある森の中を歩いていると、神聖な気持ちになる。遺伝子のどこかに眠っている、縄文の森の記憶が蘇る。

20110709

ウレシパモシリ(Uresipamosiri 2010)

「生態系の環」同様、毎年6月に長野県駒ケ根市で開催される「くらふてぃあ・杜の市」でライブペインティングで描いた100号の絵だ。もう10年以上続いている「くらふてぃあ」で行っているライブペインティングは、2日間かけて描いているので、ライブと言っても公開制作に近い。この年は「くらふてぃあ」に合わせて飯田市のアートハウスというギャラリーカフェで個展を開催したので、伊那谷に2週間近く逗留した。タイトルの「ウレシパモシリ」は、アイヌの言葉で「全ての生命が調和している状態」を表しているそうで、逗留中お世話になった友人に教えてもらった。この言葉を聞いた時、僕が描きたい世界はまさにそれだ!と感じ、この絵のタイトルとした。
描かれている動物たち、猪、鹿、フクロウ、鷹は、自宅のまわりに棲んでいる身近な生き物たちだ。どんなに空想的な作品に見えても、自分の体験にないものは描けない。体験のないモチーフには血肉が通わない。

20100322

太陽の下で(under the sunshine 2005)

ポストカードで一番人気だし、いろいろと印刷物にもなっているので、この絵を見たことがある人は多いと思う。そう言う意味では代表作といえるだろう。木更津のアムネジアというブティックでライブペインティングした絵に、加筆して完成させた。アムネジアはオープンの時、お店のトレードマークの蓮の花のイラストを描いたお店で、そのイラストの延長線上にある風景を描こうと思ってライブペインティングしたのだが、その時は完成しなかった。いつもライブペイントの絵はその時の一期一会として、加筆し無いことに決めているので、こうゆう絵は珍しい。ライブペインティングが、初期のスタイルから今のスタイルに移行する過度期で、迷いながら描いていたのかもしれない。
2010年に壁画を描いた静岡県浜松市のパヤカというレストランが所蔵。

20091017

森からの伝言(message from forest 1989?)

これも古い作品なので、制作年がハッキリしない。絵の裏にクレジットした様な気もするが、原画は手元を離れてしまっている。描いた当初は中央の木に巨大な昆虫がとまっていた。あるコピーライターの依頼により、広告コンペに出すイラストとして描いたが、結果は振るわず...。その後全く違う絵に描き直し、額も自作して、そこにも絵を描いた。板に描いた質感を強調したくて全体にエージングも施している。後の生命樹のシリーズや土男に繋がっていくお父さんの様な存在の絵である。
千葉県柏市のpokapokaというブティックが、オープニングのDMにこの絵を使用してくれた。

20081205

空と大地の対話(Conversation of sky and erth 2007)

2007年はライブペインティングでいい絵が描けた。この絵は、静岡県掛川市で毎年開催されている「遠州横須賀街道ちっちゃな文化展」で大道で描いた。大きさは90cm×120cm。制作時間は約5時間。このくらい時間をかければ、ライブで納得のいく仕上がりまで持って行ける。ライブペインティングの場合、単純に制作時間と絵の密度が比例する。音楽家とのコラボの時は、1〜2時間と制作時間が短いので即興性とスピード感を生かした表現になる。

20081120

生態系の環(Cycle of Ecosystem 2007)

古い作品ばかりupして来たので、そろそろ近作も取り上げて行こう。この絵は今僕が表現したいことを、てんこ盛りで描いてある。四季のめぐり、天体のめぐり、そして物質界の循環。僕等はいつでもその中に存在しているし、そこに根ざしてしか生きて行けない。言葉にしてしまえば、そんな当たり前の事を忘れない様に....。
毎年6月に長野県駒ケ根市で開催される、一大クラフトマーケット「くらふてぃあ・杜の市」で、2日に渡った野外のライブペインティングで描いた100号の絵だ。駒ヶ岳の麓の大自然にインスパイアされている。

20080907

森の子供(children of forest 2004)

常緑の森。そして木々の間からのぞく、なだらかな山並み。これも房総半島に暮らさなければ生まれなかったヴィジョンだろう。森の中にいると感じられる、ひとつひとつの動植物ではなく、全体に満ちている様な生命エネルギーを子供達の姿で描いている。日々の暮らしの中で目に焼き付いた子供達の姿を、命の象徴として表現してみたかったのだ。

20080903

大地の唄(Song of The Earth 2002)

鴨川の里山に暮らす様になって10年が過ぎた頃から、目の前にある自然や日々の暮らしを、只ただ描いてみたいと思う様になった。それまでは、目には見えないが感じられるものまで描きたいと思い続けて来たが、圧倒的な自然の中で暮らしていると、今まで内面に求めていた命の存在が、風景を描くだけで表せるのではないかと思う様になって来たのだ。この絵は、そう言った想いが初めて満足いく形になった、僕にとって記念すべき作品だ。絵本作品「なつみかんのきのはなし」の元になった絵でもある。長く手元に置いていろいろな展覧会に出品しようと思ていたのに、初めに出した展覧会で売れてしまった!幸い、親しい方が買ってくださったので、ここぞ!という展覧会には、貸し出していただいている。この絵の前で泣いてくれた人が何人かいる。絵描き冥利に尽きる。ありがとう。

20080705

はじまりのひとつ(One of the Begining 1986?)

かなり初期の作品だ。制作年がハッキリしないが、まだ学生の頃だったと思う。これを描いていた頃は自分の画風や作品のテーマを模索していたが、この絵を描き上げた時、これから描き続けていくテーマの方向性が決まったような気がした。B3程度の単純な構図の絵だが、描き上げるのにずいぶん時間がかかった。ずっと手元に置いていたのだが、’99年にとある女性にプレゼントしてしまった。果たしてこの絵は今でも彼女の生活空間を飾っているだろうか......。

20080627

夜が来る(Night is coming1998)

僕は、日が沈んで太陽の光が消える寸前の西の空の色が大好きで、旅をしていた頃は夕方は毎日空を見るのが日課だった。今はさすがに日常生活の中でそんなゆったりとした時間が取れないが...。
夕焼けと夜空の間に現れる神秘的な緑色が描いてみたくて、この絵を描いた。友人のミュージシャンKuriの2ed CD「遠い記憶」の裏ジャケにも使用した。この絵も手に乗るほど小さい絵だ。

20080623

ラクシュミー(Lakshmi 1998)

ラクシュミーは富と幸福を司るヒンドゥー神話の女神。日本では吉祥天。蓮の神様でもあって僕のお気に入りの女神様だ。特定の宗教の神像はあまり描かないのだが、一人の女性像として描いてみた。よってきらびやかな冠や衣服をつけていない。ヒンドゥー教徒に怒られるだろうか?
webでは絵の大きさが分からないが、この絵は実は手のひらに乗るほど小さい。

20080619

酔っぱらいBlues(Drunker's Blues 1999)

「古老の会話」でモデルにした男を描いた作品をもうひとつ。この絵は1冊のスケッチブックに毎日一枚ずつ「楽器とミュージシャン」をモチーフに描いた連作スケッチの中の一枚。ネオパステルというクーピーとクレヨンの中間のような画材で描いている。



20080605

古老の会話(Conversation of Old Residents 1998)

近況報告ブログのプロフィールにも使っている絵。展覧会でも何度か展示している絵なので、記憶してくれている人も結構いるんじゃないかな。酔っぱらってぶっ倒れているギタリストは、39歳で夭折してしまった飲んだくれの友人がモデル。2本の巨樹は、家の近くに生えている木がモデル。

20080602

土男(Tsuchiotoko 1998)


僕は太陽の絵を描いたら月の絵も描くといった様に、陰陽対になる制作をすることが多い。そうしないと何か落ち着かないのだ。土男は地母に対する絵として描かれたが、地母が神様レベル(Mother Earthそのもの)なのに対して土男は小さな精霊だ。僕の偏った男女観が現れているのだろうか?
自然農法家・川口由一さんの「根は土の中にのびるのではなく、土と土の間にのびる。」という言葉にインスパイアされた。土男は根と根の間、土と土の間に存在する精霊なのだ。

20080601

地母(Mother Earth 1998)


1998年に東京の本郷にあるギャラリー愚怜で開催した個展「絵画展・声、声、声」に出展した作品は、僕の絵画表現の原点になっている作品が多い。この作品もそのひとつで、インドの神様カードのような絵を描いてみたいと思って、僕なりの神像を描いてみた。この頃の作品は、既に手元を離れた物がほとんどだが、この絵は幸運にも居場所がわかっている。今は友人の造本作家山崎曜氏の製本教室の壁に飾ってある。

20080530

生命樹(Tree of Life 2003)


巨樹は僕の描く代表的なモチーフの一つだ。特にこの地中からエネルギーを吸い上げ、空に精気をまき散らす生命樹の絵は繰り返し描いている。この作品は2003年に木更事のアムネジアというお店で、ライブペインティングした絵に加筆して完成させたもの。